私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『八月の路上に捨てる』 伊藤たかみ

2006-09-05 23:03:28 | 小説(国内男性作家)


第135回芥川賞受賞作。
三十を目前に離婚届を提出しようとする男の結婚生活の経緯を、自動販売機の補充して廻る仕事の流れの中に描く。


表題作の「八月の路上に捨てる」は離婚届を提出する男の過去と、彼と同僚の女性とのやり取りとを中心に描いている。そこで語られるのは主として夫婦の問題だ。

主人公である敦の夫婦関係はどちらかが相手に経済的に依存する形で成立している。最初の一時期、経済的に依存していたのは男の方だった。その中で夢を追いかけるという形を取らなくてはいけなかった彼のいくつかの打算がその過程で透けて見える。そして最終的に決して噛み合わなくなった夫婦の感情が浮かび上がってくる。そういった夫婦間のもつれの描き方が実に丁寧で、ハイセンスである。

相手のことを求め、もつれて噛み合わなくて、それでも心のもっと先を欲しいと人は願ってしまう。しかしそれは自分の駒を次々失って玉を追い詰めるけむりづめのようなもので、詰めるという保障があるかなんて決してわからない。
嫌いな状態で慣れてしまうべきか、ゴルフの打ちっ放しで見た老カップルの姿を求めるべきか、離婚を選択するべきかなんてきっと誰にもわからないんだろう。答なんてない。ただ出口だけがない。そういった何とも悲しく、息苦しい予感を、しっかりした構成のもとに描出している。
余韻も心地よくてなかなかの佳品だと思った。

併録の「貝から見る風景」には、表題作と違い、幸福を感じさせる夫婦像を描き出している。
もちろんその中には、ふとしたきっかけで壊れてしまうかもしれない予感と恐怖も感じられるのだが、表題作と好対照を成していて、小品ではあるがこちらもなかなか楽しく読むことができた。

評価:★★★★(満点は★★★★★)

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